最愛の夫が亡くなって3ヶ月が過ぎた今、同じく死別を経験した方々に、少しでもみなさまの希望につながるような私の経験談をご紹介しています。
前回に、突然死により亡くなった夫が会いにきてくれた話をご紹介しました。
私が悲しんでる時に、おりんの音のような、” リーン ”という音を2回鳴らして、会いにきてくれたという経験についてです。
その後、また少し前にも同じことが起こったのです。しかも今回は私だけではなく、母も同じくその場にいました。
そんな実際に起きたことを、死んだ人に会いたいと強く願い、死んだらどうなってしまうのかを気になっている方々へお伝えしたいと思います。
私は、やはり人は死んでしまっても、無になって意識や想いがなくなることはないんだと考えています。
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死んだ人に会いたいと願うあなたへ 死別した夫が再び会いに来てくれたお話

それは去年の冬、彼との赤ちゃんの10ヶ月の記念日のことでした。いつもと同じように、午後寝をさせていたお昼頃に起こりました。
その日は丁度私の母が遊びに来ており、母と私と子供が家にいたのですが、母はリビングの隣の畳の部屋にいて、私と子供は寝室にいました。
そうして、リビングのテレビは付けておらず静かにそれぞれが過ごしていた時のことです。
ふと、以前と同じように、リビングからおりんのような音が ” リーン ” と鳴ったのです。
私は寝室にいたのですが、その音を聞いてハッとし、静かに耳をすませていたところ、また全く同じように、リビングから ”リーン ” と綺麗に優しく響くような音がしました。
全く以前と同じ現象に、疑うことなく彼が会いに来てくれたんだと思いました。
そういえば、彼が生きている頃、私は赤ちゃんが生まれてからの初めてのクリスマスをとても楽しみにしていて、もう何ヶ月も前からケーキのパンフレットを集めたり、何を作るか考えてみたり、楽しみにしていたことを彼によく話していたことを思い出しました。
後から、母にさっき〇〇(夫の名前)さんが来てたのかもしれない。鈴の音聞こえたんだけど、、しかも2回も。
という話を聞き、母も同じように聞こえたことを知りました。
私も母も、リビングにあるおりんなどの仏具をおいてある場所から聞こえたように感じました。
ただ、その後家にあるおりんを鳴らして比べてみたのですが、その音ではないようで、微妙に音が違いました。
家にあるおりんよりも、もっと優しく心に響くような音がしたのです。以前私が夜中に聞いた音と全く同じく、必ずその音は2回鳴るのです・・・。
ちなみに、今回発生したのはお昼の14時頃、前回私1人で聞いたのは夜中でした。
やはり残された人が深く悲しんでいる時や、その人との関わりが深いある特定の日などに、会いにきてくれるのかなぁと、ぼんやりと勝手に思い込んでいます。
時間帯は関係ないのかな・・・?と思ったりもします。
そうであればいいなー、という私の願望も混ざっているのですが。。
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死んだ人に会いたいと願うあなたへ 彼の気配を感じたその後の生き方

本当に本当に心の底から願う、
もう一度だけでいいから、死んでしまった人に会いたい・・・。
彼の死後、もう一度話がしたい、顔が見たい、最後のお別れぐらいさせてほしいと毎日願っていた矢先に、彼が会いにきてくれました。
死んで全くの無になったわけじゃなかったんだ・・・。
彼は今でも違う世界で、彼として存在しているんだ・・・。
そう考えることで、ほんの少しだけでも救われています。
しかし、同時にわかりきっていたことでしたが再認識させられました。彼をもうこの目で見ることは一生ないのだと。
いくら彼が会いにきてくれて、私が必死に話しかけても返事はありません。
彼の優しい表情も、笑ってる顔も悲しがっている顔も、もう二度と見ることはできません。
よしよしって、前みたいに頭を撫でて髪に触れることはできません。
大きな手でギュっと手を握り返してもらうこともできせん。
彼の匂いや体温が高いところ、楽しそうに笑う笑い声は、もう一生私の記憶の中でしか感じられません。
もう別の世界の人になってしまったんだと。。。
それでも私は生きていかなければなりません。
彼はいつも私を大切に考え、たくさんの愛情をくれていました。
きっと私が毎日ふさぎ込んで、泣いてばかりいるのを見ることは、耐え難い悲しみを負わせてしまうだろう。
彼が泣いている、悲しがっているところを想像すると、私自身もそれが一番心が痛みます、、、
慰めることも話を聞いて抱きしめてあげることもできないから。
それならば、彼との最愛の一人娘を立派に育てていく為にも、強く逞しく生きていかないといけません。
あれほどいつも優しかった彼に、溢れんばかりの愛情をもらった私と子供は、彼と過ごしたあの日々はもちろん、これからの日々も幸せにならないといけないと感じています。
死別という悲しい突然の別れとなった今でも、彼と出会ったことは全く後悔していません。
彼がもたらしてくれた幸せや思い出を、この死別の悲しみを超えて、生きるエネルギーにするつもりです。
たくさんの幸せをありがとう!と彼に日々伝えていきます。
ただ、そんな理想的なことばかりを言っても、私自身まだまだ泣いてメソメソすることもありますが、こんな私の話を聞いて少しでも共感し、同じく人生を頑張って生きてこうと思えた人がいれば嬉しいです。
一緒にゆっくり進んで生きましょう。
コメント
私の夫は、新年1月11日に他界したばかりです。世間一般から見れば、享年82歳と言えば残された私も諦めがつく年齢だと思われる事と思います。生前の夫に対して、妻の私もそんな風に思った事もしばしばありました。私は65歳、親子程も年の差があり、意見も考えも違ってケンカばかりする夫婦でした。夫は、見た目が若く見られがちで一緒になった頃は、違和感を感じさせなかったようです。タバコ大好きな人で、肺気腫と診断された後もやめられませんでした。常日頃、「俺は不死身だから心配はいらない」と豪語して、無鉄砲に生きた人生も、あっけなく幕閉じをしました。肺炎と診断され、昨年9月から入退院を繰り返し、回復が見られないまま、結果は肺がんと聞かされ、あまりにも早い弱り様でした。 他界する半月前には、運転して車の免許更新に出かけて、免許証受け取りの1週間前に絶え果てた夫に、まだ現実性が感じられずにいます。夫が絶える2〜3日前に、見た夢がありますが、何を言いたかったのだろうと考えています。自分の布団と私の布団を嬉しそうに敷いてくれていました。同じ夢を2日見ました。
牛嶋さま
コメントありがとうございます。
返信にお時間いただいてしまい申し訳ございません。
ご主人様に関しては、一般的には諦めがつく年齢なのではないかと主様も仰っていますが、
長い間夫婦として連れ添ってきた大切なお人だった方ですもの、
簡単に受け入れることなんて出来ないのでしょう。
ご心痛のほどお察しいたします。
夢の件は、確かに気になりますね。
やはり隣同士で横になるのを嬉しそうにされていたとのことなので、
きっと主様のことを心から大切に想っているのだろうと感じました。
今後の主様の健やかかつ穏やかな生活を心からお祈りしております。
yonamama
夫とは21才離れておりました。昨年12月14日夜病院で亡くなりました。再婚同士で子供は私の連れ子になりますが、それはそれは仲良くとても大事にしてくれました。実の父と夫と私の三人暮らしで父とは5才しか離れておりません。その父が昨年7月に亡くなり、5ヶ月後に夫が逝ってしまいました。病院からの連絡は、もう息していなくてでした。駆けつけた夫の身体はまだあたたかくペースメーカーは動いていました。心臓の難病でしたが発症してから13年頑張りました。脳梗塞後遺症から認知症になりました。2年半前に心臓弁膜置換術をする際には10日間くらいで三度感染症をおこし、さすがに三度目には親族にとの言葉が主治医からありましたが、このまま苦しんで一年か手術か。最後の決断は夫自ら決めました。それから2年半、家を好み、最期は家か掛かり付け病院か。夫の希望通りでしたが、最期を看取ることは出来ませんでした。又、明日来るわねが最後の言葉でした。でも、夫とは、幸せだったよって言葉を絶えず交わし、又、結婚しようねと残された時間の中で話しました。手術の時の入院は5ヶ月におよび脚力もなくなり車椅子生活のオムツ生活の寝たきりでしたが、お互いに幸せだったねと。しかし父亡き、夫亡き後一人はさびしい。早く迎えに来てと泣く日々をまだ送っていますが、悲しい思いをしているのは私一人ではないと、一生懸命生きていこうとされていらっしゃる姿に励まされます。それでも、もう一度夫に会いたい。父に会いたい。と思います。そこにご主人様が会いに来られたと感じられるのはうらやましい限りです。その時間を大切に大事にして欲しいと心から願います。
洋子さま
お辛い中このような拙いブログを最後までお読みいただき、コメントまで下さり、本当にありがとうございます。
旦那さまとお父さまとの別れ、未だ悲しみは癒えることなく、非常に寂しい思いをされていることと思います。
信頼し合える旦那さまとの出会い、心から大切にされていたお父さま、こちらのコメントから、どれほどにお二人を愛しく思っていたかが伝わりました。
そんなお二人だからこそ、きっと主様のお側にいることと思います。
主様がお辛い時こそ、必ず一番近くで見守って、励まされているのではないでしょうか・・・!
主様のこれから益々の幸せを心よりお祈りいたします。
共に一歩ずつゆっくり進んで行きましょう。
yonamama
まだお若いよなままさんは本当に頼もしく感じます。
私も3年前に最愛の夫を亡くしました。
出張先での急死でした。
私にとっていまだに受け入れられないのが現状です。
振り返るとこの3年はあっという間にも感じますが私にとってはとても辛い日々でした。
亡くなられて日が浅い皆さんよりは心の傷も少しは癒されてきているのかもしれませんが…
同じ思いを共感できる方たちの前向きな気持ちを聞くだけで生きる励みにもなり前向きに強く生きられそうな気持ちになります。
未亡人の方々にこれからも勇気と希望を与えられるような強い人間になれるよう、そしてそんな姿を亡くなった主人にも早く見せてあげられるよう前向きに頑張りたいです。
皆さんのコメントにすごく励まされました。
そして私からも大切な方を亡くされた皆さんへのアドバイスとして、
辛い時は我慢せず頑張りすぎずに泣きたいだけ泣きましょう!!
涙を流す事はとても大切な事です。
そして浄化にも繋がります。
人目を気にせず自分らしく泣きたい時に思いっきり泣きましょう…
きっと強くなれます!!
よなままさん、これからも共に頑張りましょう~!!
あーちゃんさん
コメントありがとうございます。
とても温かい励ましに、本当に勇気づけられました。
同じような経験をされている方の声は、やはりスッと自分の中に入ってきますよね。
旦那様が亡くなって、それでもまだ3年だったのですね。
私は間もなくで2年になるのですが、最近はなんだか彼を思い出すのがより一層寂しさを感じてしまうことから、
思い出すのを避けてしまっている自分がいます。。
それじゃあ立ち直れたとは言えないですよね。。。
これから、もっと彼を優しい気持ちで思い出せるようになりたいです。
そして、今を生きることが出来ている一瞬一瞬を大切に、
あーちゃんさんと共に人生を楽しんでいきたいです!
また気が向きましたら、近況報告くださいね!^^
yonamama
こんばんは!
秋も深まり、人恋しく淋しさに涙しているこの頃です。
主人に会いたいと検索すると、こちらのブログに辿りつきました。
私は、2年前に主人を亡くし、今年2月に父を亡くしました。さらに遡れば、平成22年に義母、25年に実母、義父、28年に弟、そして主人、今年実父と8年の間にバタバタと6人を見送り、今年の秋は喪失感に襲われて、涙しています。
主人は、要介護5で下の世話から食事はもちろん、脊損で首から下が動かせないので、日常の全ての事を介護していました。
正直、こちらもヘトヘトになり、介護鬱や、介護殺人が他人事ではないとさえ思う事もありました。
入退院を繰り返して、尿閉やら肺炎を起こし、最期は、呼吸筋が停止して逝ってしまいました。
寝たきりで死にたいとまで口にしていた主人でしたので、楽になったね。もう苦しまなくていいよ。とその時は、思っていましたが、今は、ただただ主人に会いたいです。
49日も終えて、後飾りを片付けて、お仏壇に納めないとと、明日片付けようと思っていた晩に主人が、玄関の前にいて、スーツを着て、ボストンバッグを持ってニコニコして立っている夢を見ました。
雪が降っていて、何してるの?寒いのに中に入りよと、1歩歩み寄ったら、パッと消えてしまい、ああ〜〜夢だったんだと、不思議な感じでした。
もう、あちらの世界に行くよとお別れにきたんだと、本気で思っています。
お墓参りに行くと、蝶がずっと後をついてきたり、会いに来てくれていると、感じることがあります。
私は幸い、息子、娘がいて、2人とも結婚して、娘の方には孫がいますし、また家も近いので、昼間はよく遊びに来てくれて、淋しさも紛れますが、それでも1人で食べる食事は虚しく、そばに主人がいないのが、辛いです。
元気出して、笑っていないと心配するだろうなと思いながらも、喪失感は拭えないですね。
でも、皆さんのブログやコメントを読ませていただいて、同じような思いをされている方がおられると、一人じゃないんだと、勇気づけられた思いです。
同士を得たというか、寂しさ、虚しさを共有できる場を見つけて、チョット救われた気がしています。
又、ブログ読ませ頂きますね。
長々とすみません。ありがとうございました。
元気だします。お互いに、ボチボチ頑張りましょうね。
駒様
コメント有難うございます。
たった数年の間にたくさんのご家族を失われて、大変悲しい思いをしたことと思います。
旦那様に至っては、長い間介護をされてきたということで、主様自身も、精神的にも体力的にも、
お辛い経験をされ続けてきことでしょう。
旦那様と夢の中で会ったと仰っていますが、お別れを言いに来た旦那様だったのではないかなあと、私も同じように思います。
私も49日頃に、夫に抱きしめられた夢を見ましたが、起きたその後も、ゆくもりを感じるような不思議な感覚を覚えました。
きっと、たくさんの愛情を込めて接してこられた旦那様は、
主様のこれからの幸せを強く願っていると共に、たくさんの感謝をしているでしょう。
お互い、これからの人生、ゆったり身体の力を抜いて、歩んでいきたいものですね。
コメント有難うございました。
yonamama